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歴史と豊かな自然に育まれた聖籠町には、長い歴史の中で受け継がれてきた多くの文化遺産があります。ちょっと足をのばして、先人の遺した文化の息吹を感じてみませんか。 |
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むかし、百合若という若者が、いくさの途中嵐に遭い、島(現在の聖籠観音の森)に流れつき、その島で出会ったかしこい鷹を『緑丸』と名付けてかわいがりました。百合若は、「都に帰りたい、迎えに来て欲しい」という手紙を緑丸に持たせ、飛ばしました。緑丸は見事手紙を届けて帰ってきましたが、疲れ果てて死んでしまいました。緑丸のおかげで、百合若は都に帰ることができました。その後、えらいお坊さんが緑丸のためにお堂を建てて籠(こも)ったということです。いつしか、そこは聖者が籠る山「聖籠山」と呼ばれるようになったそうです。
これが「聖籠町」の由来となり、聖籠町の歴史はここからはじまったのです。 |
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■聖籠観音の森
田園風景の中に、さながら大海に浮かぶ島のようにその森はあります。百合若が流れ着いたその時、おそらく今以上に木立が繁り、文字通り森の様相を呈していたのでしょう。 |
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町のイメージキャラクター「緑丸」のモデルにもなっています。 |
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緑丸の菩提のために、天平9年(737年)泰澄大徳が彫刻したものといわれる十一面観世音菩薩と仁王尊を納め祀ってあるのが宝積院の観音堂と仁王門。新発田城主初代溝口秀勝侯が聖籠山観音寺を深く信仰され、慶長13年(1608年)7月に仁王門・観音堂の再建、修復をしました。現在の仁王門・観音堂は宝暦6年(1756年)10月新造立され、安政6年(1859年)9月改修されたものです。
宝積院には溝口侯ゆかりの五部秘経、観世音縁起、宝筺印塔、宝剣をはじめ青不動など貴重な絵画が保存され、建造物と共に聖籠町の有形文化財に指定されています。
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宝積院年中行事
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1月1日 |
AM0:00~ |
護摩祈祷 |
2月19日 |
PM6:00~ |
護摩祈祷 |
4月19日 |
PM6:00~ |
護摩祈祷 |
4月20日 |
PM1:00~ |
大般若会 |
6月20日 |
AM10:00~ |
光明講 |
8月13日 |
PM6:00~ |
護摩祈祷 |
8月19日 |
PM6:00~ |
護摩祈祷 |
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聖籠山宝積院/聖籠町大字諏訪山578
TEL.0254-27-7773 |
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越後三十三ヵ所の霊場は北条五代最明寺時頼卿が越後回国のおり岩屋堂を最初に打ちはじめ、三十三ヵ所の霊場を定めたといわれ、四国遍路や西国巡礼を巡ったのと同じ御利益があるとされています。 |
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札所 |
寺院 |
住所 |
一番 |
円明庵
岩屋堂 |
上越市(旧名立町) |
二番 |
照国山
摩尼王寺 |
妙高市(旧新井市) |
三番 |
大清水
大泉寺 |
柏崎市 |
四番 |
普門山
妙智寺 |
柏崎市 |
五番 |
不退山
宝蔵寺 |
刈羽郡刈羽村 |
六番 |
玉崎山
常楽寺 |
刈羽郡刈羽村 |
七番 |
医王山
摩尼珠院 |
柏崎市 |
八番 |
鷲尾山
不動院 |
柏崎市 |
九番 |
円通山
広済寺 |
柏崎市(旧高柳町) |
十番 |
白雲山
長徳寺 |
十日町市(旧川西町) |
十一番 |
金精山
大福寺 |
南魚沼市(旧塩沢町) |
十二番 |
飯盛山
天昌寺 |
南魚沼市(旧塩沢町) |
十三番 |
大悲山
弘誓寺 |
魚沼市(旧堀之内町) |
十四番 |
池景山
真福寺 |
小千谷市 |
十五番 |
普門山
千蔵院 |
長岡市 |
十六番 |
秘密山
椿沢寺 |
見附市 |
十七番 |
小栗山
不動院 |
見附市 |
十八番 |
大悲山
根立寺 |
長岡市(旧三島町) |
十九番 |
海岳山
光照寺 |
三島郡出雲崎町 |
二十番 |
如意山
照明寺 |
長岡市(旧寺泊町) |
二十一番 |
聖福山
吉田寺 |
燕市(旧分水町) |
二十二番 |
雲高山
国上寺 |
燕市(旧分水町) |
二十三番 |
龍丘山
観音寺 |
西蒲原郡弥彦村 |
二十四番 |
大悲山
景清寺 |
新潟市(旧巻町) |
二十五番 |
金潮山
真城院 |
新潟市 |
二十六番 |
如意山
乙宝寺 |
胎内市(旧中条町) |
二十七番 |
遍照山
光浄寺 |
岩船郡神林村 |
二十八番 |
岩井山
白蓮寺 |
新発田市 |
二十九番 |
聖籠山
宝積院 |
北蒲原郡聖籠町 |
三十番 |
朝日山
普談寺 |
新潟市(旧新津市) |
三十一番 |
龍形山
正円寺 |
五泉市(旧村松町) |
三十二番 |
多宝山
宝塔院 |
三条市 |
三十三番 |
明白山
西明寺 |
三条市(旧下田村) |
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幕末の塾舎、絆己楼は、嘉永6年(1853)に大野敬吉(号・耻堂)先生が私塾として建てました。階上の10畳2間を教室として、階下の12坪半(畳37.5枚の広さ)の板間を剣道場としていました。
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幕末の塾舎のほとんどが失われている今日、往時のまま保存されている絆己楼は、志篤い多くの若者を育てた貴重な建物として大野家が大切に保存しています。また大野家の表門は門幅6mの木造瓦葺き屋根の四脚門で、元水原代官所の門でしたが明治中期に移って建てられた物です。絆己楼と共に町の有形文化財に指定されています。
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絆己楼・大野家表門/
聖籠町大字諏訪山 |
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聖籠町町民会館/
TEL.0254-27-2121 |
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位守山はアイヌの首長の塚とか、源義経の臣、亀井六郎が没した塚ともいわれています。公園の中心部に小高い丘があり、亀塚浜集落が現在地に移転する前は、この丘に市川神社という社がありました。東港開発が進み、亀塚浜集落が集団移転するにあたり、住民の心のシンボルでもあったこの地を史跡公園として整備し、池にはヒブナを放流しました。公園は、工業地帯のオアシスとなっています。 |
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場所/聖籠町位守町
聖籠町観光協会/
TEL.0254-27-2111 |
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[観光マップ] |
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[観光マップ] |
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町の文化財・日枝神社の社叢を整備した公園です。日枝神社は古くから由緒ある御社で近郷近在の産土神と仰がれました。県緑地環境保全地域に指定されています。 |
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推定樹齢は800年以上といわれ、地表からせり上がり縦横に張りめぐらされた根は、推定樹齢以上にその歴史を感じさせてくれます。町指定天然記念物に指定されています。 |
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場所/聖籠町大字次第浜 |
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聖籠町観光協会/TEL.0254-27-2111
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場所/聖籠町大字次第浜 |
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聖籠町町民会館/TEL.0254-27-2121
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文化会館・図書館・公民館・総合体育館・ナイター施設完備の聖籠球場とテニスコートといった、文化とスポーツが調和した近代的総合施設です。平成13年には町民会館となりに多目的屋外運動広場「スポアイランド聖籠」が完成しました。心と体の鍛練と自己啓発を援助・促進する生涯学習ゾーンです。 |
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開館時間/AM9:00~PM9:00 休館日/毎週月曜日、年末年始 |
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聖籠夏まつり(8月第1日曜日の前日)
聖籠秋まつり(11月3日(文化の日)を中心に開催) |
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聖籠町町民会館/聖籠町大字諏訪山1280 TEL.0254-27-2121
聖籠町町民会館
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蓮のギャラリーは明治37年に建てられた古い土蔵を、建物の観覧と鑑賞物の展示利用を目的に移築改修したもので、町民の芸術と文化の向上を図るためにつくられました。町内在住あるいは在勤であれば、誰でも自分の絵や書、所蔵品などの作品を展示発表することができる、ユニークなミニギャラリーです。 |
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場所/聖籠町大字蓮野1943番地12 |
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詳しくは聖籠町町民会館ホームページをご覧ください。
聖籠町町民会館/TEL.0254-27-2121 |
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民族資料館は旧聖籠中学校の校舎を利用し、農具、漁具、工具、家具、衣類など古い貴重な民具が保存されています。
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開館時間/AM9:00~PM4:00
休館日/毎週月曜日、祝日の翌日、年末年始
料金/無料 |
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聖籠町民族資料館/聖籠町諏訪山1560-1
TEL.0254-32-5818 |
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